さらば紹興!さらば中国!

期末を迎え、期末試験の作成作業に取りかかりました。
でも高校は大学と違って書式や形式など細部にはうるさくなくて、割とさくさくと作って、後は中国人の先生にほぼ丸投げの状態で渡して終了。
2年生の会話、作文、1年生の発音の3つの試験の準備が整いました。
後は実施のみ。授業も試験も6月19日までで終了ということがわかり安堵しました。少し余裕を持って(?)帰国の準備ができそうです。

今学期限りで学校を辞めて最終帰国するので、学生たちともこれでお別れ。
時間をやりくりして親しい学生たちと頻繁に会って挨拶をしています。

6月4日の夜には大学3年生の女子と学院内のカフェでお茶をしました。
彼女はなんと10月から北海道苫小牧にある駒沢大学へ留学することが決まったとのことで、メール・アドレスを交換して「是非、東京で会いましょう!」と約束して別れました。この学校(大学も高校も)の学生は本当に大勢が日本へ留学に行くのです。
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5日の夜には高校1年生たちとの食事会。市内のランドマークであるショッピング・モール内の新彊料理レストランで夕食を共にしました。
男女計7名。活発な子も大人しい子も、日本語が得意な子もそうでない子も、ニコニコとして感じが良く仲良さそうでした。
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ビールで乾杯。煙草を吸う子もいて日本の高校生とは違う自由な雰囲気を感じました。なんとごちそうになってしまったので、食後はコーヒーショップに誘ってお茶をしました。
4月に修学旅行で行った九州の福岡や熊本での写真を見せてくれて和やかに歓談しました。最後には全員とハグしたり握手したりして別れました。

帰国後のスケジュールを立てようと、頻繁にメールでアポを取ったり連絡したりしています。現在、東京や静岡の大学に留学中の元教え子の学生たちとも夏休みに会う予定で、今から楽しみです。

 

8日の夜も大学3年生の女子3名とお茶。
一人は卒業後に関西外国語大学の大学院へ進学を希望。
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もう一人は東京の専門学校でデザインの勉強がやりたいが母親に反対されて進路に困っているとか。
それぞれが自分の将来に向けて既に動き始めていることを実感させられました。

 

9日からは、いよいよ卒業式に出席するために大学4年生たちが学校に戻って来ました。先月末の連夜の卒業記念クラス会ほどではありませんでしたが、連日、学生たちとお茶をして話をしたりしました。
それぞれが一人前の社会人として巣立ってゆく様子が手に取るようにわかり、微笑ましいような少し寂しいようなセンチメンタルな気分になりました。
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10日にはその4年生たちとの卒業記念昼食会が学院内の食堂で開催されて少しだけ顔を出しました。
食べ放題のビュッフェ・スタイルだったので、もの凄い数の学生たちがもの凄い勢いで競うように料理を取りまくって混乱の極み!
楽しかったですが少々疲れました。

 

同日夜には、一番親しくしている4年生の男子二人と夕食を共にして、その後、このところすっかり定番となった学院内のカフェでのお茶もしました。
日本から持ってきて読み終わった文庫本があったので進呈するととても喜んでくれました。「奥さんには内緒!」といって、こっそり私の唯一無二の大好物である煙草もプレゼントしてくれて大喜び(笑)。
最後は固い握手をして別れました。二人とも日本語を使う仕事に就いているので、東京で再会できるチャンスがあると良いのですが・・・。

 

11日の夜には、卒業記念式典が学院内のグラウンドで盛大に開かれました。
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学校のお偉いさんたちのスピーチが終わった後は卒業記念ライブ・パフォーマンス大会に。
独唱、合唱、ダンス、影絵劇、詩の朗読など盛りだくさんな内容で、妻も欧米人教師たちと一緒に自慢の歌を披露し喝采を浴びました。…延々2時間に及ぶステージで見ている方もぐったり疲れましたが。

 

12日には、今年10月から静岡大学(国立)への短期留学が決まった3年生女子とその友人の男子と共に市内に食事に出かけました。久しぶりに日本食レストランでカツ丼などを平らげて満足。その後は『スタバ』でお茶をして歓談しました。
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14日には、妻の元教え子で今は杭州の企業で働いている卒業生3人たちが紹興まで来てくれて、再会を果たしました。

それぞれから心のこもったプレゼントも頂戴して感謝!学校に隣接する『ゴミ町』のレストランで昼食を取った後で、いつものカフェへ。
やはり日本語の文庫本(小説)をプレゼントするととても喜んでくれました。将来に向けた展望も3者3様でしたが、再会を祈念して別れました。

 

15日からは高校生の期末試験がスタート。
1年生の口頭試験では、あまりに喋れない生徒が続出して頭を抱えたくなりましたが、概ね問題なく進んでいます。平行して授業も進めていますが、もうすぐ全てが終了。先が見えてきたので、気分的には大分楽になりました。

 

15日の夜にも大学3年生女子と上述のカフェでお茶。
彼女も10月から東京の淑徳日本語学校への留学を決めたとのことで(将来は筑波大学大学院で教育学を学んで教師になりたいとか)、
「頑張りなさい!」とエールを送り、東京での再会を約束しました。
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17日で高校1年生の今学期の授業が終了。同日午後には、その1年生たちと学院内のカフェでお茶をしました。

クラスのうち男子3名は来年4月から名古屋(?)にある日本語学校へ留学するとか。
拙いながらも一生懸命に自分を表現しようとする彼らのコミュニケーション能力はなかなかのもので、将来が楽しみです。
彼らともメール・アドレスを交換して、再会を約束して別れました。

 

18日の夜には、今学期限りで学校を辞めて帰国する我々ともう一人の30代の男性(中国での教師歴既に8年!)の計3人のための送別会を開いてもらいました。
お世話になった大学そして高校の中国人教師7名、そして同僚の日本人教師5名が集まってくれました。期末の忙しい時期なのに有り難いことです。
一人の中国人教師は翌朝早朝から朝自習の指導もあるのに、よくぞかけつけてくれて感謝感激。ビールや紹興酒を飲み交し歓談して、最後には皆からの寄せ書きを記した特大ポストカードもいただきました。
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19日の午前で今学期最後の期末試験及び授業が全て終了。まだ採点や成績付け及び書類仕事が残っていますが、まずは人心地就きました。

そして同日午後から杭州へ1泊2日の旅行へ出かけました。
最も親しくしている、先日卒業したばかりの教え子の男子に招待されて彼の仕事及び生活ぶりを覗きに行ったのです。紹興から高速バスで1時間半かけて杭州に到着。その足で早速、彼のオフィスへ。
ペット用の服や雑貨などを扱う日本のベンチャー企業との提携があり、そのグループ会社という位置づけですが、自ら出資もしたという立派な「会社」でした。驚いたことに、出迎えてくれたのは彼のクラスメイトの、私もよく知っている元教え子の女子。
そして彼と同郷の我々も良く知っている妻の元教え子の男子。同学年のお互いに見知った3人で始めた小さな会社ですが、商業エリアにある高層ビルの20階にあるオフィスは全面ガラス張りで景色も良く、訪ねていってすぐスイカやライチをごちそうになって和気あいあいとしたものの、きびきびと仕事をこなし、東京の会社と連絡し合ったりしている様はなかなかのものでした。

 

仕事が終わった後は、皆で近場のビストロのような店に繰り出して夕食をとり、いろいろと話をしました。
大学卒業後直ちに会社を立ち上げたばかりで、やはりそれなりのプレッシャーはあるようで「息抜きが必要!」としきりにぼやいていましたが、明るく前向きな性格の持ち主である彼のこと。必ずや事業を軌道に乗せて頑張ってくれることでしょう。我々も彼の「成功」を信じたいです。

その夜は、夕食後、杭州で有名な河川『銭塘江』の遊歩道を散策してライトアップされた巨大な龍の石像を見たり、カフェでまったりしたりして、遅くまで彼と語らい、彼の夢見る「将来」に思いを馳せたりしました。
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翌19日には、朝食に粥や肉饅頭を取った後、妻の父親から所望されていた乾燥牛肉を求めて市場をぶらついたり、日本円にして4000万円余もする彼の所有する高級マンション(まだ内装は終わっていない)を見せてもらったりしました。昼食は、彼のオフィスの上にあるチェコ料理のレストランへ。ビールやジュースで乾杯し、本格的なピザをほおばり大満足。・・・そして夕方、再会を約束して固い握手をして彼と別れました。
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いよいよ帰国まで1週間弱となり、今は、緊張と期待と不安が混じり合ったような複雑な心境です。
新米の日本語教師としてスタートを切って無我夢中で過ごして来た当地、紹興での2年半に及ぶ我々流の「チャイナ・ライフ」も最終章を迎えました。残された日々を精一杯の最後の頑張りで乗り切って、「有終の美」を飾りたいものです。そして、この地で、この学校で得た本当に貴重な体験を、是非、日本に戻ってからも生かしてゆきたいものだと切に感じています。

 

昨今の政治状況もあって、日本人にとって隣国及び隣人であるはずの中国及び中国人は「かなり遠い」存在であることは認めます。
確かに身をもって、中国という国や社会のシステムの不可思議さや理不尽さも体験しましたし、幾度となく憤懣やりきれない気分にもなりました。
でも、この国の、善良で無垢な人々に囲まれて、この上なくハッピーな気分を味わえたことも事実です。
特に、青春まっただ中にいる学生たちからもらった無数の溌剌とした「若さ」と「元気さ」は特に良い刺激となりましたし、彼らとの交流は本当に良い思い出となりました。
日本に帰ってからも、絶対に、この地で暮らした歳月のことは忘れられないでしょうし、周囲の人たちに、少しでも「ナマの」中国の話を広めてゆけたら良いな、と心より思っております。

 

最後になりましたが、このブログに目を通していただいた全ての方々に、深く御礼申し上げます。ありがとうございました!

 

重政章也・ゆかり

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