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日本語教育における動詞の活用について
概要
日本語は、動詞の形を変えることでいろいろな文型と接続し、異なる意味や時制を表します。
「見る」「見た」「見て」など、一つの動詞でも様々な活用形があります。みなさんは、自分がどうやって動詞の形を変化させているか、考えたことがあるでしょうか。
日本語教育を学んでいて、日本語教育の文法は小中学校で習う「国語」の文法と違うことに気が付かれた方も多いでしょう。
今回は、国語で習ういわゆる「学校文法」と、「日本語教育文法」の違いについて解説します。
動詞の活用について
小中学校などで習う国語の文法は「学校文法」と言われ、主に日本語を母語とする人を対象に作られています。国語における文法学習の目的は、母語話者として既に持っている日本語の知識を整理・分類し、知識として再構築することです。
一方、日本語教育の文法は、日本語を母語としない人が対象です。学習者が一から日本語のルールを覚えて、運用できるようになることが目標です。そのため、学校文法とはそもそもの位置づけや目的が異なります。
日本語教育の文法では、日本語が理解できる・使えるようになることが重視されるため、言語学的な理屈を覚えることや、細かい分類の違いを明確にすることは重視されません「学習者にとって簡潔で、分かりやすい」ということを基準に、分類方法や呼び方などが決められています。
活用形の違い
実際に、学校文法と日本語教育の文法の違いを見ていきましょう。
小中学校では国語の時間に、動詞の活用形を習います。「み-み-みる-みる-みれ-みよ」などと動詞の活用形を口に出して暗記した記憶がある方もいるのではないでしょうか。これらの活用形は、後ろに何を取るかによって、「未然形、連用形、終止形、連体形、仮定形、命令形」と名前が付けられています。
未然形:「~ない」「~(よ)う」などに接続する形
連用形:「~て」「~た」などに接続する形
終止形:「~。」のように文末にくる形
連体形:「~とき」「~こと」などの名詞に接続する形
仮定形:「~(れ)ば」などに接続する形
命令形:「行け」「見ろ」などの形
例として「書く」という動詞をこの分類にあてはめてみると、
未然形:「書か」
連用形:「書い」
終止形:「書く」
連体形:「書く」
仮定形:「書け」
命令形:「書け」
という形になります。
一方日本語教育の文法では、これらとは異なる分類方法を取っています。
いくつか例を挙げてみます。
ない形:「書かない」
て形:「書いて」
辞書形:「書く」
仮定形(ば形):「書けば」
受身形:「書かれる」
使役形:「書かせる」
意向形:「書こう」
可能形:「書ける」
どれも初級段階で習うことが多い活用形で、さまざまな文型に接続します。
たとえば、
ない形→「~なければなりません」
て形→「~てはいけません」、「~てもいいですか」、「~てから」
た形→「~ことがあります」
辞書形→「~ことができます」など。
注意したいのは、学校文法と日本語教育文法では動詞の活用の捉え方が異なっていることです。
学校文法では、『書いて』=連用形の「書い」+接続助詞の「て」ですが、日本語教育文法ではこれらをまとめて、「て形」という一つの活用形として呼んでいます。
他にも、
ない形「書かない」=学校文法では「未然形」+助動詞の「ない」
ば形「書けば」=学校文法では「仮定形」+接続助詞の「ば」
なども同様です。
学校文法では単語や接辞など、部分ごとの意味に注目して細かく分類するのに対し、日本語教育の文法では、学習者にとってわかりやすい簡潔な名前で分類されています。
日本語の運用力を高める上では、言語学的な細かい分類はあまり問題になりません。そのため、学習者にとって分かりやすく、覚えやすいことを優先した呼び方・分け方になっているのです。
活用区分の違い
次に、活用区分の違いです。
上では、一つ一つの語が活用された時の形について整理しましたが、ここでは、活用変化のパターンによって動詞がどのようにグループ分けされるかについて見ていきます。
国語の学校文法での分類では、
・五段活用:「書か(a)ない」、「書い(i)て」、「書く(u)」、「書け(e)ば」、「書こ(o)う」など、語尾の活用がアイウエオになるもの
・一段活用:活用しても語幹の部分が変わらないもの
※「見ない」、「見て」、「見る」、「見れば」、など、[イ段]のものは「上一段活用」、「食べない」、「食べて」、「食べる」、「食べれば」、など、[エ段]のものは「下一段活用」という
・カ行変格活用:「来る」:変則的な活用
・サ行変格活用:「する」:変則的な活用
このように分類されています。
これに対し日本語教育文法では、以下のように分類します。
・主に動詞の終止形(辞書形)の語尾が「-u」で終わるもの→「Ⅰグループ」
・主に動詞の終止形(辞書形)の語尾が「-ru」で終わるもの→「Ⅱグループ」
・「来る」「する」→「Ⅲグループ」
これらは「終止形(辞書形)」から見分ける方法ですが、実際の授業では、「ます形」から動詞の分け方を教えることが多いです。
その場合には
「-ます」の前の母音がイ段の音になるもの→Ⅰグループ
「-ます」の前の母音がエ段の音になるもの→Ⅱグループ
という具合にグループ分けを教えます。
ただし動詞の活用には例外も多いので、このルールが当てはまらない場合もあります。
例:「作る」「送る」→語尾が[ru]だが、Ⅰグループの動詞。
学校文法と日本語教育文法を比較してみると、
学校文法の「五段活用」→日本語教育文法の「Ⅰグループ」
学校文法の「一段活用」→日本語教育文法の「Ⅱグループ」
学校文法の「カ行変格活用・サ行変格活用」→日本語教育文法の「Ⅲグループ」となります。
学校・教科書によってもグループの名称は若干異なりますが、分け方のルールについては同じものになります。
学習者はどのように理解するのか?
初級段階の学習者は、まず活用のない動詞文を先に学びます。
「(私は)学校へ行きます」「ご飯を食べます」「日本語を勉強します」のような、簡単な言い切りの形を学んだあと、「学校へ行って、勉強します」「今ごはんを食べています」「アメリカに行ったことがあります」等の文型を学んでいきます。
学習者は、このような動詞の活用が必要な文型を学ぶ際に初めて、動詞のグループ分けや活用形があることを知ります。
多くの場合「~ています」や「~てもいいですか」などの文型を学ぶと同時に「て形」から活用形を学ぶことが多いですが、学校の方針や採用する教科書によっては、辞書形から学ぶ場合もあるようです。
動詞の活用の理解を深めるために効果的な方法
動詞の活用には、ある程度の暗記と慣れも重要です。しかしだからといって、ただルールを羅列するばかりでは、つまらないというもの。実際の授業ではあまり長々と説明せず、図や表に色分けして整理すると分かりやすいです。また、講師が説明ばかりしていると冗長になってしまいます。学習者をどんどん巻き込みましょう。
初級段階でも学習者はある程度基本的な動詞は知っています。それまでに習った、知っている動詞を見せながらそれぞれの音の共通点に気づかせていくと、グループ分けの導入がしやすいでしょう。
まずは大まかな活用の規則を覚えてもらい、そのあとで例外を覚えていきます。
・一気に覚えようとしない
・繰り返し練習する
ことを意識して、定着するまで適宜復習の時間を設けましょう。
まとめ
今回は学校文法と日本語教育文法の考え方・分類方法の違いなどについて見て来ました。
同じ山を違うルートで登っていくように、同じ日本語でも、「国語」と「日本語」のアプローチの違いが見えたのではないでしょうか。
教師自身、普段自分が何気なく話していることばを振り返る機会にもなりますので、ぜひ改めて復習してみてください。
参考
藤原雅憲、『日本語教育能力検定試験に合格するための文法27』(2010) 株式会社アルク
東京中央日本語学院 日本語教員養成講座教材チーム著『日本語教師のための理論 文法』(2021) 東京中央日本語学院