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音読み?訓読み?――複雑な漢字をどう教える

              漢字は形・音・義という3つの要素があって、1文字の情報量が非常に多い文字です。

              特に「音」は日本人も悩まされる問題で、学習者にとっては大きな負担となっています

              ではそれをどう教えたらいいでしょうか? その戦略をいっしょに考えてみましょう。

漢字はむずかしい!

漢字の導入では、まずおもしろいと思わせることが一番、最初は象形文字とか、指事文字、会意文字から始めることになります。そうすると、どうしても「形」と「義」に注意が行ってしまい、「音」がおろそかになりがちです。しかも「音」は瞬時に消えてしまうために、教師が意識的になんども発音して、自然に耳に残るようにする必要があります。

学習者は日本に来てから、コンビニや駅の看板を見て、その漢字をどう読むのかは知らなくても、「成田」とか「羽田」とか、字形を視覚的に理解するということはよくあります。それが漢字のメリットですが、また、音の習得が二の次になる理由でもあるのです。

日本語学習者へのアンケートでも、漢字の学習で一番むずかしいのは読み方とあります。漢字の読み方に関して言えば、中国など漢字圏から来た学習者も非漢字圏の学習者も、実は同じようにむずかしいのです。

入門期は別として、単漢字の音読みを一つ一つ学習するのは無味乾燥で非効率です。漢字語といえども一つの日本の言葉として、音のイメージと文脈上の意味・用法に注意を向けさせながら指導することが大切だと思います。

訓読みの指導

訓読みは、「山」を「やま」と読むように、その漢字の意味から、それにあたる和語(やまとことば)を当てて読む方法が次第に固定、定着したものです。ですから訓読みの言葉は日本語の根幹ともいえる名詞(山、川、雨etc.)、動詞(行く、食べる、使うetc.)、形容詞(寒い、赤い、静かなetc.)など、いわゆる自立語が中心で、初級から学ぶことが多いのもそのためでしょう。一般に、漢字一字が単音節の中国語からきた音読みは短く、耳に鋭く感じられるのに比べて、訓読みは日本語本来の言葉で、活用があったりするので、穏やかで冗長な感じがします。

漢字を訓読みするとは、漢字に日本語を当てて読むことであり、日本語の多義性を考えると、より複雑に見え、学習者に別の意味で負担を強いることになります。たとえば、

生(なま)、生(う)まれる、生(い)きる、生(は)える    下(した)、下(しも)、下(さ)げる、下(くだ)る、下(お)りる

などは、同じ漢字に対して複数の訓読み(つまり日本語)があるケース。また、

(はかる)計る、図る、測る、量る 謀る     (つとめる)勉める、努める、勤める、務める

(おさめる)収める、納める、治める、修める   (とる)取る、採る、捕る、撮る

などは、同じ読みに複数の漢字が当てられ、その意味も微妙に違うケース(同訓異字)。この場合、その漢字が文脈の中でどのようなニュアンスをもって使われているか、注視させることが大事です。それが分からなければ書き分けることができないからです。

計算が合う、人に会う、(恋人に)逢う、事故に遭う、(偶然)遇う

など、場面やコロケーションの理解も必要になります。漢字で書いてあれば意味、ニュアンスが明瞭になりますが、その分「あう」という日本語に相当する漢字が複数になり、実際に日本人でも書き分けに迷う時があります。つまり訓読みする、とは基礎的な日本語を学ぶことであり、その表記としての漢字を覚える、ということなのです。以上のような理由から、ある程度進んだ段階で同訓の語をまとめて教えると、漢字の意味・用法がよく分かり、学習者の視野が大きく広がるでしょう。

音読みの指導

音読みは、日本人が昔、中国語の漢字の音を聴いて、それを日本語の音に移したものです。

漢字の音読みには学習者を悩ます大きな問題があります。たとえば手元の学習用の漢和辞典で「コウ」という音の漢字を数えると、実に363字あります。その漢字の現代中国音を見てみると、

口kou、後hou、好hao、考kao、巧qiao、交jiao、校xiao、甲jia、工gong、

弘hong、孔kong、恒heng、更geng、抗kang、広guang、黄huang、昂ang、

仰yang、香xiang、江jiang、行xing

などと、きわめて多様。対して受け手の日本語の音の数は五十音+αで極めて少ない。「n」と「ng」の区別もありません。中国音には声調もあるために、さらに複雑に聞こえ、ホァン、カン、ジャンなどの音が古代の日本人の耳にはすべて「コウ」と聞こえたわけです。

これが同音の漢字が多い理由です。ですから単漢字の音を一つずつ教えるのは得策ではありません。実際、音読みする語は圧倒的に漢字2字3字の熟語なので、構成する漢字の「読み」と「意味」を、文脈の中で同時に覚えさせるほうが効果的です。たとえば「説明」なら「説(せつ)」と「明(めい)」の二つの漢字でできていて、「口で言って(説)、はっきり(明)させること」などと、熟語から単漢字へと帰納的に、また単漢字から熟語へと演繹的に理解させる訓練が有効です。ある程度の漢字の知識のストックがある学習者へは「解説」「明確」などの関連語を示したり、構造、音など、形・音・義を整理して総合的に覚えさせるといいでしょう。

また同音異義語が多いことを逆手にとって、「貴社の記者が汽車で帰社した」という有名な文などを例に、「キシャ」の各語の意味をクイズとして考えさせると、興味をもって勉強するでしょう。その際に、日本では同音の混乱を避けるために、「科学」と「化(ばけ)学」、「私(わたくし)立」と「市(いち)立」などと、よく訓読みで説明することを紹介します。ある漢字を口頭で伝える時、同音が多いので、音読みでなく訓読みを使うことが多いのはなぜかを考えさせるといいでしょう。訓読みが本来の日本語であること、漢字を「形」で(視覚的に)見ることと「音」で(聴覚的に)聴くことの違いなど、音読み/訓読みの特徴を意識させることはとても大事なことです。

学習者の母語からくる問題

注意しなければならないのは漢字圏の学習者で、母語(中国語)の干渉がみられることです。例えば「線」を「シェン」、「念」を「ニェン」、「幹」を「ガン」と発音する、促音「っ」を無視するなど、教師が許容してしまうと、いつまでたっても直りません。漢字系の学生は字を見ればだいたいの意味が分かるために、発音を軽視する傾向があることは念頭に置いておく必要があります。中国語では漢字の音は普通一つなので、日本語の多様な訓読み、多種の同音字を見て学習意欲をそがれる面もあります(中国では一つの漢字に二つ、三つの音があるのは多音字といって、限られています)。

熱心な学習者には、さきほどの「コウ」のように中国音と日本の漢字音の対照表を作らせると、そこに一定のゆるい法則を見つける学生もいるはずです。中国語で「n」で終わる漢字は日本語でも「ン」で終わるが、「ng」で終わるものは日本語では長音で終わる(かな表記では「-ョウ」「-オウ」など)ことが多いことなど、みずからルールを発見させることも大切で、ヒントを与えれば積極的に覚えるようになるでしょう。

非漢字圏の学習者は漢字の「形(字形)」、「義(意味)」に関しては大きなハンディがありますが、「音(読み)」に関しては漢字圏の学習者とスタートラインは同じです。その点は大きな励ましになるはずです。

一、二、三や人、木など、一般的に画数の少ない単純な字ほど、手がかりがないために音読みは覚えるしかありませんが、ある程度学習が進むと、複雑な字の中に音の類推が可能なものがでてきます。それは漢字の8割をしめる形声文字で、教えておく価値は非常に大きいと思います。

形声文字は構成上、意味の属性(部首、主として偏(へん)の部分)と音(音符、主として旁(つくり)の部分)からなっているので、その音符に注意を向けさせることです。たとえば、

交 校 絞 効 郊    同 胴 銅 洞 桐    寺 時 持 痔 侍

などですが、これらの音符である交、同、寺など、基本的な字の音を知っていれば、複雑な字でも、ある程度音を類推することができます。また類推できないことのインパクトから、逆にその音の印象を強く記憶できるという面もあるでしょう。

また、非漢字系学習者の中には音と訓を混同する人がいますが、訓読みの言葉(普通は漢字+ひらがな)に比べて音読みの言葉(ほぼ漢字のみ)は、一般に短くて鋭い音として聞こえるなど、耳から聞いた感じを大切にすることも重要です。入門期は日本語の基本となる訓読みの言葉が多く、音読みの言葉は駅、学生、学校、会社など、学習者にとって身近な漢字語彙に絞られていますが、だんだん音読みの言葉(漢字のみの熟語)が多くなってきた段階で一度整理して理解させるといいでしょう。

呉音と漢音について

学生側に材料がないのに、音読みに種類があることなど教えても混乱するだけです。中級になって東京(きょう)と京(けい)浜、頭(づ)痛と頭(とう)髪など、同じ漢字に複数の音がでてきますが、個々の語彙にそって読みの違いを教えることに集中すればいいでしょう。ただ学習者の中にはなぜなのか理由を聞いてくる人もいるので、中国から漢字の音を仕入れた時期と場所による違いだと教えます。

おおざっぱにいえば、呉音はギョウ(修行・行者)のように鼻音・母音が強いことから、全体の印象として、丸くて柔らかい感じに聞こえ、漢音はコウ(行動・実行)のように子音の多い、硬くてはっきりした響きになります。呉音・漢音の対比が必要な段階になったら、「京都」と「京成」、「方法」と「法度」ミョウ(明日)メイ(明白)など、典型的な例をいくつか選んで読んで聞かせると、その感じをつかむことができるでしょう。

ただ指導者の中に、「漢音」は漢代の音、「呉音」は三国時代の呉の時代の音と勘違いをしている人がいますが、「漢音」のほうが新しい音です。後から入った漢音が正統とされたために、呉音は仏教語や日常用語の中に残っていることを教えるのもいいでしょう。もっと新しい「唐音」もありますが、これは数も少なく例外として扱っていいでしょう。

ルビ、ソフトについて

最後になりましたが、初級はもちろん中級でも、できるだけルビ(よみがな)がふってあるものを選ぶことが大事だと思います。昔の新聞はむずかしい漢字が多く、全ルビになっていました。それは自然に読みを覚えさせるという教育的配慮からだと思います。電子時代の現代では、読み上げソフトやルビを振るソフト、フラッシュカードを作るパワポなどが使えます。また以下のサイトなどは、指導上役にたつ情報が多いので参考になります。

ひらひらのひらがなめがねhttp://www.hiragana.jp/

POP | 辞書https://www.popjisyo.com

JCinfo.net https://www.jcinfo.net/ja/tools

【参考文献】

『漢語林』鎌田正・米山寅太郎著 大修館書店

『漢字が日本語になるまで』円満字二郎著 ちくまブックス

『訓読みの話』笹原宏之著 角川ソフィア文庫

『岩波講座日本語 8 文字』大野晋・柴田武編

『日本語教授法』石田敏子著 大修館書店

この記事の筆者
TCJ日本語講座 非常勤講師
森田六朗
プライベート・レッスン講師。出版社で雑誌・単行本・辞書編集などを担当した後、中国・北京の大学で12年、日本語・日本文化・剣道を教える。帰国後は、東京中央日本語学院で日本語講師。趣味は音楽、剣道(教士七段)。著書に『北京で二刀流』(現代書館)、『日本人の心がわかる日本語』(アスク出版)など。

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