日本語教師に英語力は必要?外国人への日本語の教え方
概要
日本語教師に英語を始めとする外国語能力はどの程度必須と言えるのでしょうか。本記事では、日本語教育で用いられる教授法の考え方を整理し、英語を使わずに教える工夫や、英語力が役立つ場面について、筆者の経験をもとに考察します。
日本語教師に英語は必要?
「わたしは日本語教師です。」というと本当によく「じゃあ、英語がペラペラなんですか?」と聞かれます。実際に日本語教師には英語力が必須なのでしょうか。
結論から言うと、基本的に日本語教師に英語力は必須ではありません。実際、多くの日本語学校では、教師が英語を使わずに授業を行っています。
日本語教育では、長く「直説法」と呼ばれる教授法が主流です。直説法とは、学習者の母語や共通の外国語を使わず、目標言語である日本語のみを使って日本語を教える方法です。これに対して、学習者の母語や共通言語を使用して学習する方法は「間接法」と呼ばれます。
日本語教育で直説法が重視されてきた理由はいくつかあります。第一に、日本語学校には多様な母語背景を持つ学習者が集まっており、英語を使用すると、英語が分かる学習者だけが有利になってしまうという公平性の問題があります。第二に、学習者をできるだけ多く日本語に触れさせ、限られた語彙や表現の中でも「なんとか伝えよう」とする意識を育てることが、コミュニケーション能力の向上につながると考えられてきたからです。これは、理解可能なインプットへの継続的な接触が言語習得を促すとするインプット仮説(Krashen、 1985)や、目標言語環境に身を置くことで推測力と運用力を育てるイマージョン教育の考え方とも一致します。
英語を使わずに教える方法
では、日本語教師は実際にどのように英語を使わずに授業を行っているのでしょうか。
その中心となる考え方がティーチャートークです。ティーチャートークとは 「日本語教師が導入済みの文型のみを用いて発話を制御する教室実践」のことです(佐々木 1997)。日本語教師は原則として、すでに導入した語彙や文型のみを使って学習者とコミュニケーションを取ります。また、ティーチャートークは意識的に行われ、訓練によって習得可能な技能であるとも述べられています。
たとえば、「〜てください」という表現がまだ導入されていない段階では、「教科書を見てください」とは言わず、「教科書を見ます。お願いします。」というように、既習表現だけを用いて意図を伝えます。これは日本語教育の現場ではごく典型的な工夫の一つです。
ここで、全く日本語を知らない、いわゆる「ゼロレベル・超初級者」にはどう対応するのか、という疑問を持つ方もいるでしょう。この状況は、日本語学校に入学したばかりの学習者が集まる多国籍クラスで起こり得ます。この段階では、イラストや写真、ジェスチャー、実物提示などを用いて意味を伝えるしかありません。
もちろん、この方法では複雑な内容を扱うことは難しいですが、挨拶表現や発音練習など、超初級段階の学習には十分対応可能です。また、初級段階では、母語で書かれた文法解説書を事前に読んだうえで授業に参加するという方法を取る学校もあります。
このように媒介語を使わずに教える授業では、教師の笑顔、身振り、声のトーン、態度といった非言語的コミュニケーション能力も重要になります。英語を使わない授業は、教師自身の言語外の表現力が問われる実践でもあるのです。
簡単な英単語くらいは分かった方が教えやすい?
一方で、「媒介語(例えば英語)はまったく不要だ」と言い切れない面もあります。授業の形態や学習者のニーズによっては、学習者の言語が分かった方が良い場面も確かに存在します。
参考までに私自身のことをお話しすると、大学院を修了して数年間は、英語を授業で実用的に使えるレベルではありませんでした。当時は日本語学校でのクラス授業が中心で、直説法を用いた指導が主でした。また、その後海外の大学講師として教えたときも、海外では初級レベルは現地の先生が教えるので、その国の言語が話せなくても特には困りませんでした。
英語力の必要性を強く感じたのは、帰国後、企業研修で少人数クラスを担当したときです。3人程度のクラスでは、一人ひとりの理解度や疑問に細かく対応する必要があります。その際、文法事項について英語で質問され、うまく答えられなかった経験が、自分の英語力を見直すきっかけとなりました。 現在は、オンラインのプライベートレッスン(主に超初級〜初級)では、必要に応じて英語を使用しています。実際のところ、外国人を雇用するグローバル企業では、社内の公用語が英語と言うこともあり、「日本語講師が当然英語が話せるだろう」という学習者側の期待感を感じることも多々あります。英語に限らず、学習者が理解できる言語を媒介語として使用できることは、日本語教師としての一つの「強み」と言えることは確かです。
自分自身の言語学習者としての経験こそが活きる!
英語力そのもの以上に、私が重要だと感じているのは、自分自身が言語学習者であるという経験です。たとえば、一度や二度導入した語彙を学習者が覚えていなかったとき、「なぜ覚えられないのだろう」「もう教えたのに。記憶力、大丈夫?」と感じてしまうとしたら、それは教師自身の言語学習者としての経験が不足している可能性があります。何度も学習したのに忘れてしまう悔しさや自分への失望感、それでも学習を続けたからこそやっと見えてきた伸びや喜び・・そんなことを実際に身をもって体験しているか、していないかは、言語を学ぶ過程で感じる情緒的な課題への共感や、学習者の成長を教師自身が信じられるかどうかという根本的な意識に大きく影響します。
自分自身が言語能力試験に挑戦して結果を出したことがあるからこそ、自信を持って学習者を励ますこともできるし、有用な学習ストラテジーをシェアすることも可能です。このように、言語学習者としての経験は、学習者を支える励ましに真正性を与え、教師自身の学習者の伸び悩みへの耐性を強めることにも繋がるのです。
まとめ
日本語教師に英語をはじめとした外国語力は必須ではありませんが、授業形態や学習者のニーズによっては役立つ場面があり、強みとなることも確かです。一方で、イラストや視覚教材の準備、目標言語だけで伝える工夫、学習者の立場に立って考える想像力があれば、日本語だけを使って教えることも十分に可能です。さらに、教師自身が熱心な言語学習者であり続けることが、より良い授業につながると言えるでしょう。
参考文献
Krashen, S. D.(1985) The Input Hypothesis. London: Longman.
佐々木倫子(1997)「日本語教師のティーチャートークに関する一考察」
『日本語教育』第92号,pp. 1–10.
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