

初めて教壇に立つ人に伝えたい、授業を成功させるコツ
日本語の教師になるために養成講座に通い、
さて初めて教壇に立つとなると、いろいろ不安や心配事が
おきることでしょう。教える内容についてはもちろん、
それ以外にも、人前で話したことがなくて、緊張したり、
あがったりしたらどうしよう、と思うかもしれません。
初めての授業を成功させるコツをご紹介します。
北京の大学で
まずは、私の経験からお話ししましょう。あれは北京の大学で、最初の授業をする日のことでした。いまでもよく覚えていますが、第1回目の授業の朝。中国の大学は始まりが早いので、6時に起きて朝食をすませ、授業の準備をして7時には宿舎をでました。すこし散歩して気持ちを慣らしてから授業にでようと思ったのです。キャンパスには最初、朝食をとる学生がちらほら。しかし30分も前になると、どこから湧いてきたのか、男女さまざまの学生たちが群れなして、颯爽と教室に向かうではありませんか。国家重点大学と聞いていたので、どの顔もみな賢そうにみえます。すると急に胸がドキドキし始め、一瞬私の頭の中を後悔の念が走りました。
定年前に会社を辞め、思い切って中国に渡った身ではありましたが、なんで中国の大学で日本語を教えることになったものか……。でも、いまさら後戻りもできない!その緊張感が、私をすっかりあがらせてしまいました。授業開始5分前、教室に入った時は、学生たちの顔は見れども見えず、頭の中がまっ白になっていました。
ところが、「おはようございます!」と大きな声で挨拶をして、出席を取り始めたとたん、頭に上っていた血がスーッと消えてしまったのです。実は出席をとろうとした時、ふとあるアイデアが頭に浮かびました。出席をとりながら、学生一人一人に簡単な自己紹介をさせること。学生たちは、おぼつかない日本語を使いながら、名前や趣味などを話し始める。すると目の前に座っている学生たちがみんなニコニコと、外国人である私に好奇の目を注いでいるのが分かり、それがとてもかわいく思えてきたのです。
だれでも緊張するし、あがる
誰だって慣れないことをするときには、緊張します。今では誰もが認める大ベテランのS先生だって、学校に来られたころ、日本語の先生たちにオンライン授業のやり方を教える時、キーボードに触れる手が、気の毒なほどブルブル震えていたのを覚えています。
私も、経験不足であったことはたしかです。その割には失敗したくないという思いが強かったような気がします。中国の学生たちの前で、ぶざまな姿を見せたくない、かっこ良く見せたいと。しかも私が日本語を教えることになった学校は、中国でも重点大学と言われるところだったので、学生たちがすごく賢そうに見えたことも事実です。スポーツの試合などでも、相手が強そうに見えると緊張し、あがってしまうことが多いでしょう。
初めて教壇に立つ人に身も蓋もないことをいうようですが、人間、経験が少ないことをやると緊張し、あがるものです。私もまだ新米の教師なのだという思いと、それからくる自信のなさが、あがる大きな原因だったと思います。初めて教壇にたつわけですから、経験不足は、これはしかたがないことでしょう。では、自信は? これも初めてでは自信をつけようがありません。しかし、方法はあるのです。
よく心理学でいわれる、人前であがらないための方法。たとえば、緊張したらゆっくりと深呼吸する、話す前に腹式呼吸をする、軽い体操やストレッチをしてリラックスする、目の前にカボチャが並んでいると思う、などです。しかし、まあそれで楽になればいいのですが、なかなかそう簡単にはいかないこともあります。
授業内容をよく理解し準備しておく
私がまずお勧めしたいことは、当たり前ですが、第一回目の授業で扱う内容について自信をもって説明できるように十分研究しておくこと、そして分かりやすい教案を準備しておくことです。不十分な理解だと、うまく説明できず、あがりやすくなります。
簡単なようにみえる事項でもうっかり見過ごすと、授業中に思わぬ困難にぶつかったりすることがあります。その日の授業に出てくる単語の説明などは、当然準備しますが、動詞の活用など、よく知っているつもりでも、事前に自分で確認しておく必要があります。例えば「泳げる」「飛べる」など「可能形」を教えていて、うっかりⅡグループ、Ⅲグループの「ら抜きことば」を提示してしまったりすると慌てることになります。「食べられる」と「食べれる」、「見える」「聞こえる」と「見られる」「聞ける」の違いなど、学生につられて混乱してしまうことがないように、しっかり準備しましょう。「泣かせる」「笑わせる」(Ⅱ類)と 「泣かす」「笑わす」(Ⅰ類) の活用形の混同や、「大きな」「細かな」「きれい」「きらい」などイ/ナ形容詞の使い分けも、チェックしておく必要があります。
自信のない事項は別途メモして、いつでも見られるようにしておくことも安心に繋がります。私も、「―て形」の導入ではいつも緊張します。Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ類の動詞の代表的な例をとっさの場合にも提示できるようにしておきましょう。これらも、あらかじめ準備していないと、しどろもどろになり、パニックにおちいったりします。
とはいえ、完璧主義におちいると、逆に緊張を増幅させる要因になります。準備は周到に、でも「完璧な先生」になろうとしないことです。多少の失敗は誰にでもある、なんとかなる、と考えると少し心に余裕が生まれます。
分からない時は、どうする?
私がいちばん困ったのは、次のような質問を受けたときです。ある作家の文章を読んでいて、「分かりきった人生ほどつまらないものはない」という文がでてきました。鋭い学生がいるもので、「先生、人生はことですか、ものですか? 『つまらないことはない』では変ですか?」という質問がでたのです。さて、みなさんなら、どうしますか? この文章では、「ものはない」のほうが適切のように思われますが、私もまだ経験が浅く、なぜなのか整然と説明できなかったので、「ちょっと難しいですね、僕の宿題にさせてください」と言ってその場は切り抜けました。「分からない」と宣言するのは、教師としては勇気のいることですが、こういう場合、曖昧に答えたり、ごまかしたりしてはいけません。ちゃんとメモして「私の宿題にします」と言い、次回の授業で答えればいいのです。学生からの質問に真摯に向き合うことで、逆に信頼を深めるきっかけにもなるでしょう。「先生」である前に「人」であれ。学生と教師といえども、お互い人間としての信頼で成り立っていると思うのです。
学生は敵ではなく、大切な味方
「経験不足、自信なし」を意識しすぎると相手が大きく見えてしまいます。バカにされたらどうしよう、恥をかきたくないとも思うでしょう。高校生が教育実習に来た学生を困らせるために、よく意地悪な質問をしたりすることがありますが、日本語を学ぼうとする学生たちはみな真面目です。緊張しているのは、むしろ学生のほうです。学生たちはあなたの失敗を望んでいるわけではなく、日本語を学びたい、あなたと繋がりたいと思って教室にくるのです。笑顔で明るく、ゆっくり、分かりやすく話しましょう。「みんなは、自分の味方なのだ」と考えると、気持ちが楽になります。
私が最初の授業であがり、頭がまっ白になったとき、ふと思いついて出席を取りながら自己紹介をさせたことは、その時はあまり深く考えていなかったのですが、とても有効な手段だったと思います。学生たちがおぼつかない日本語で話すのを聞いたり、質問したりすることで、平常心を取り戻すことができたのです。緊張で頭が真っ白になった私を救ってくれたのは、学生たちの笑顔でした。彼らの温かい眼差しが、私の凍りついた心を溶かしてくれたのです。
日本語教師とは
最後になりましたが、冷静に考えてみましょう。初めて教壇に立ったとき、あなたはその教室の中でどういう立場にあるでしょうか? あなたは教室の中で、誰よりも日本語ができるし、日本語についての知識も豊富であり、しかもどう教えるかも知っています。つまり教室で主導権を握っているのはあなた。あなたは教室で絶対権力者なのです。ですから、あがる必要など、まったくないのです。
最初に教壇に立った日に緊張するなど、ほんとうは、たいしたことではありません。かりにうまくいったとしても、それは一時の成功でしかありません。そんなことよりも、むしろそれ以後、学期全体を通して、いや、あなたの一生を通して、どう日本語を教えていくか、その責任のほうがよっぽど大きいのです。そのことを肝に銘じてがんばりましょう。
あなたの言葉や行動が、学生たちの誰かの未来を拓くかもしれません。日本語教師というのは、それほどやりがいのある仕事です。自信を持って教壇に立ってください。あなたの情熱と努力は、必ず学生に伝わります。

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