

日本語の教科書はどうやって選べばいい?
概要
今回のテーマは「日本語の教科書」について。教科書には色々な種類がありますが、日本語を教える際にはどのようなものを選んだらいいのでしょうか。この記事では、日本語教育現場で使われている代表的な教科書と、学習者に合わせた使い分けを紹介しています。教材の基礎知識をつけたい方におすすめの内容となっていますので、ぜひご一読ください。
学習者に合った教科書が選べていますか?
みなさんは日本語の教材を見たことがありますか?
また、既に日本語教育に関わっているという方は、どんな教材を使っているでしょうか。現在はオンライン教材・書籍・動画など、いろいろな形態のものを手に入れることができますが、今回は日本語の授業にかかせない「教科書」について解説します。
一般的に日本語の授業では、まず主教材となる「教科書」を決め、授業デザインに合わせてその他の副教材(モニターに映し出すスライドや練習に使うドリル・ワークシート、動画や音声など)を選定していきます。
日本語の教科書にはレベル・対象者・内容・目的に応じた色々な教科書が存在します。
学習者に合った教材選びがその後のレッスンの進捗を左右しますので、はじめの教材選定はとても大切です。
日本語学校のクラス授業などでは主任の先生や専任の先生方がチームで教材選定を行うことが多いため、初任の非常勤講師が教材選びに関わる事はあまりありません。しかし、自分が入るクラスで使用する教材の特徴や位置づけを知っておくと授業づくりで役に立つはずです。また、プライベートレッスンなどを担当する際には講師が教材を選定して学習者に提案していくことも求められますので、教材の知識をつけておくことはスキルアップにもつながります。
ここでは、日本語の教科書を選ぶ際に注目すべきポイントをいくつか紹介します。
1)教科書のレベル
まずはレベルです。教科書には、「入門」から「初級」「中級」「上級」など様々なレベルがあります。同じレベルでも内容によって難度に差があるため、いくつか見比べてみましょう。
2)対象
留学生か社会人かで、日本語の使用場面が違います。留学生であれば友人や教授、学校のスタッフやアルバイト先の上司との会話がメインになりますし、日本で働いている方であれば、社内の人や顧客とのやり取りが中心です。最近では技能実習生や特定技能などで来日する人が増え、「介護士」「看護師」「飲食店」「ホテル」「建設」など特定の業界や職業に合わせた教材や、外国にルーツを持つ子どもたち(日本で生まれ育って日本の学校に通っているが家庭内言語が異なる子どもや、家族に帯同して来日した子どもたちなど)のための教材も出ています。
教科書にもそれぞれ主なターゲットがあり、それによって出てくる登場人物や練習の場面設定が異なります。また、クラス向きか少人数・プライベートレッスン向きかという違いもあります。多くの場合どちらでも使えるように設計されていますが、グループワークの有無など、レッスンの人数によって調整が必要なこともあります。
3)教科書の構成(文法が中心か、会話中心かなど場面別・トピック別かなど)
教科書の内容そのものの違いです。学習者の学習目的によって使い分けるといいでしょう。
(例)
・ビジネス向けでは、「電話を取り次ぐ」「クレーム対応をする」などタスク別のテキストを使う
・文法をまんべんなく広く学ぶ必要がある留学生には、文法積み上げ式の教科書を使う
・日本で生活を始めたばかりでまずは簡単な日常会話の習得を目指している人には、「市役所で」「病院で」「デパートで」など場面別のテキストを使う
4)翻訳の有無
教科書には、翻訳がついているものとついていないものがあります。英語などのメジャーな言語のみの翻訳がついているものもあれば、幅広い言語の翻訳がついているものなど様々です。学習者の国籍や理解度に応じて、活用できるといいですね。
まず、学習者のレベルと学習目的を考えてみましょう!
レッスンを始めることが決まったら、まずは学習者の情報をヒアリングして、現状と目指す場所のイメージを作りましょう。
【ヒアリングしておくと良いこと】
・学習目的
・社会的な属性(学生か社会人かなど)
・日本語学習歴
・学習者の母語は何か、母語や媒介語で教えてほしいなどのニーズがあるか
・今のレベル
・4技能(読む・書く・聞く・話す)のバランスはどうか
・いつまでに資格取得しなければいけないなどのゴールや制限があるか
・学習にどれくらいの時間割けそうか
・好きな学習スタイルがあるか(しっかりと説明を受けて理解したい/まずは簡単なことからどんどん話してみたい/絵や写真・動画などの視覚教材がたくさんあったほうがいいなど)
実際に、学習者によってどのような教材を選べばいいか考えてみましょう。
例えば、
①留学のため基礎からしっかり学び、試験対策も必要な人
②既にある程度日本語ができ、仕事のためにさらにプロフェッショナルな日本語を身に着けたい人
③日常生活で使えるフレーズを楽しく学んで使ってみたい、まずは短期間で最低限のやり取りができるようになりたい人
という3パターンの学習者がいた場合、それぞれどんな教材が合うでしょうか。
①の場合はあまり内容を端折らずにしっかり文法を積み上げられる教材を選ぶ必要があります。学生向けでかつ4技能が伸ばせるようなものがいいでしょう。留学生の場合は学習時間がある程度確保できることから、厚めの教科書や複数の副教材を組み合わせることもできますね。
②の場合は上級のビジネス日本語を場面別に学べる教材や、電話対応・商談などをロールプレイで学べる教材がいいでしょう。ビジネス文書の書き方に特化したテキストもあります。
③の場合は時間にも制限があることから、分厚いものや細かい文法の解説をしていくものは現実的ではありません。初級者向けに、日常生活の場面別に使いまわせるフレーズを覚えていくような軽めの教材が向いていると考えられます。
代表的な日本語教科書を比較してみよう
では、実際に今出版されている教科書の中から、よく使われているものを見てみましょう。今回は、初級で使える代表的な教材を紹介していきます。
1)みんなの日本語Ⅰ・Ⅱ
1998年に初版が発行されてから20年以上、たくさんの教育機関で使われてきた教科書で、教師の間では「みんにち」と呼ばれ親しまれています。
初級は2冊に分かれており、赤い表紙のⅠが初級前半レベル、青い表紙のⅡが初級後半レベルです。語彙や文型の数が豊富で、まとまった時間(3か月~半年ほど)長期的に学習できる場合に向いています。
「みんなの日本語」は、副教材が充実しているのもいいところ。日本語のみで書かれている「本冊」のほかに、各国語で語彙の訳や文法説明が書かれている別冊版が出版されています。英語や中国語などのメジャーな言語だけでなく、最近需要が増えているベトナム語・ネパール語・シンハラ語(スリランカの公用語)など、他の教材ではあまりない言語でも展開されているため色々な母語の学生に対応できます。
宿題などに使える「文型練習帳」や教師向けの手引書もあるので、初任の先生でも授業計画がしやすいです。
ただ、初版されてから少し時間が経っているため、語彙や話し方に現在の日本語と異なる部分があり、少し教師が補足説明をする必要があるかもしれません。
「みんなの日本語」シリーズは日本語教師の養成講座でもよく使われており、模擬授業では「みんなの日本語〇課」と指定されることもあります。見たことがないという方は、一度書店などで目を通してみると良いでしょう。
2)げんきⅠ・Ⅱ
The Japan Timesが出版している、英語話者向けのテキストです。英語で文法説明が詳細に書かれており練習問題もまんべんなく入っているため、レッスンで使うのはもちろん、学習者が独学するのにもいいかもしれません。
「げんき」も2冊の構成になっており、おおむねⅠが初級前半、Ⅱが初級後半の文型をカバーしています。欧米圏の学習者に人気で、最近ではフランス語版も出版されたようです。当校では主に英語圏出身者や英語での学習を希望する方のプライベートレッスンで「げんき」を使用しています。
3)まるごと
独立行政法人国際交流基金が出している教科書です。主に海外在住者をターゲットに日本語の基礎と日本文化に親しむために作られた教材で、日本の生活習慣がわかるイラストや写真が豊富。視覚的にも飽きが来ない教材になっています。レベルはA1(入門)レベルからB1(中級)までの展開です。
「まるごと」シリーズのA1~A2レべルの教材はそれぞれ「りかい」と「かつどう」の2冊に分かれており、「りかい」では語彙・表現を中心とした読み書きの学習、「かつどう」では聞く・話す技能に特化した内容になっています。両方合わせて使ってもいいですし、学習者に合わせて片方だけで使用することもできます。また、「まるごと」の特徴のひとつとして、文法を詳細に説明するのではなく、場面の会話や文脈を通して文法に気づかせるような作りになっています。補足の説明や練習が必要と思われる場合には、別の教材を用意するなどして組み合わせても良いでしょう。「まるごと」はオンライン副教材も豊富で、「まるごとプラス」というwebサイトでは、語彙リスト、文法のクイズや動画教材などを見ることができます。
4)いろどり
こちらも、「まるごと」と同じ独立行政法人の国際交流基金が出している教材です。オンライン上で誰でも無料でPDFをダウンロードすることができ、2025年3月現在、翻訳版も20か国語で提供されています。ウクライナからの避難民が日本で生活している状況を踏まえ、先陣を切って「ウクライナ語版」を提供したのもこの「いろどり」シリーズです。
「いろどり」は日本在住の外国人が生活に必要な日本語が学べるように設計されたもので、いろいろな生活場面を想定したリスニングや会話の練習ができます。
教材に出てくるのは、お店・会社で使える日常的な表現や、大家さん・近所の人とのやりとりなど、日常生活で必要なものばかり。家電製品や行政の書類に出てくる漢字語彙など、実際の生活場面ですぐに使えるトピックも入っています。これから日本で生活を始める方や来日して間もない人が、日本語で日常生活ができるようになるための初めの教材として最適です。
無料で利用できるため、地域の日本語教室などのボランティア団体でも活用されています。ただ、文法をしっかり学ぶという教材ではないため、進学やビジネス、試験対策などの用途には向かないようです。
5)TRY!シリーズ(N5~N1)
試験対策をしたい学習者や文法学習を中心に進めたい学習者におすすめなのがTRY!シリーズです。JLPT(日本語能力試験)のテキストで、各文型ごとにポイントと簡単な練習問題がまとめられています。既に学んだ文法の整理にはもちろん、新たに文型を学習していくのにも向いている教材です。
JLPT対策の教材には「新完全マスター」「スピードマスター」「日本語総まとめ」シリーズなどもあります。それぞれ毛色が違いますので、書店で見比べてみてください。
プライベートレッスンの場合は生徒と相談しながら決めましょう!
プライベートレッスンでは「これ」と決まった教材を行うのではなく、一人一人のニーズに合わせて教材を選定していきます。必ずしも書籍である必要はなく、ニュースなどを見てそれについて議論するなど、学習者のニーズに応じてオンライン教材を使用することもできますし、特に主教材を指定せずに毎回トピックを決めて会話の練習とフィードバックを行う、という自由なスタイルのレッスンも可能です。
基本的には学習者の要望を聞き、いくつか教科書やレッスンプランを提示して、学習者本人と相談しながら決めていくと良いでしょう。
クラスレッスンでは担任の先生が教材を選定することが多いですが、プライベートレッスンでは一人一人の担当講師の裁量で教材選定から授業計画までを任されることも。
一人で進めていくのは不安・・という方は、先輩講師に相談できる環境で始めると安心です。幅広い国籍・背景の学生がいるTCJでは、周囲にも同じように色々な学生・クラスを担当している講師が在籍していますので、周りに相談しながら色々なケースを担当して、知見を伸ばすことが可能です。
どんなふうに進めているのか気になる!という方は、ぜひ、TCJ日本語教員養成講座の学校見学会・セミナーにお越しください。当校併設の日本語学校では、クラス授業だけでなく、プライベートレッスンを兼任することも可能です。TCJの養成講座からも、多くの卒業生の方が実際に就職し、ご活躍くださっています。
まとめ
いかがでしたか?
今回は日本語教材の代表的なものと選び方の基礎知識をお伝えしました。
教材の知識をつけておくと、自分の担当する授業の進め方やコースデザインに役立ちます。まだあまり教材を見たことがないという方は、ぜひ書店に足を運んで、日本語教材コーナーを覗いてみてください。
最近では都内の大きな書店に行くと、語学書コーナーの一角に日本語教材のスペースが大きく作られているのを目にします。やはり海外からの移住者や旅行客が増えたからでしょうか、日本語の教科書や試験対策本だけでなく、海外の著者が日本の歴史・文化について紹介している本や、日本の小説の翻訳版なども合わせて置かれていたりします。
日本語学習者の変化に合わせて、出版社から新たな教材が出版されてきているので、書店の日本語参考書コーナーをのぞいてみると、業界の動向が分かって面白いですよ!

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