日本語教師に英語は必要?

日本語教師をしていると話したとき、「じゃあ、英語が上手なんだね」と聞かれることがあります。

英語ができないと日本語教師になれない、ということはありません。が、日本語だけできればいいのか、というとそれもまた違います。結局どこで誰に教えるかという状況によって変わってくるのです。

目次

英語が必要な場合

英語圏で日本語を教える

アジアではない国、たとえばヨーロッパやアメリカで日本語教師を採用するときの条件は、その国の言葉もしくは英語ができることとあります。また南米ではポルトガル語やスペイン語である場合もあります。いずれにせよ、その国で使われている言語が使える必要があります。

その理由は、海外で日本語教師として働く場合、同じようにいろいろな国から来ている言葉のプロたちと共に仕事をする、まさに国際的社会で働くことになり、英語は使えて当然とみなされるからです。実際に会議や教師どうしのコミュニケーションのために英語は必要なので、そういった教務的な点からみて、英語が使えることは採用条件に入ってきます。

生徒の英語力が均等にある

いろいろな意見があるとは思いますが、初級段階では間接法つまり日本語だけでなく生徒のわかる言語で日本語を教える方が効率がよいでしょう。

初級段階では文法も高度ではなく、どの国の言語であっても共通している内容であることがほとんどです。よって説明時にその国の文法で同じものを例として挙げれば理解が格段に早いのです。

また初級段階では、文法も大事ですがそれよりもとにかく語彙を増やすことが目の前の課題となります。語彙がなければ、それ以降の文法説明の例文にも困るからです。新しい語彙とその意味、特にものの名前やどの国にもある形容詞などについては、対応する媒介語をさっと伝えておしまいにできれば、苦労なく次に進めるので生徒側の負担も軽くストレスも少なくて済みます。

英語を使わない方がよい場合

より高度な日本語を求められている

日本にわざわざやってきて、教育機関で日本語を勉強しようという学生は、より高度な日本語の理解を目的としている場合が多いです。となると、文法説明もより高度になり、その複雑さを伝える例文自体も高いレベルになるので、そのときにはもう英語やそれ以外の言語を使って教えるのはかえって混乱しますし、生徒側もそれを望んではいません。

英語を勉強する場合でも同じですね。英語がある程度上達してきた後は、会話中心でなく文法や読解などのときでも日本人に教わるよりもネイティブに教わった方が、質問に対する答えはより深く正確なものとして信頼できるでしょう。

多国籍混在クラスでは不公平感が出る

クラスの中にいろいろな国の生徒がいる場合、共通語として英語を使うことはできません。一部の生徒に対するサービスとなり、不公平となるからです。

私の場合は英語はまぁできますので、日本に来たばかりで日本語の語彙もほとんどない生徒に教える際には、日本語の語彙の横に英語と漢字を書きます。最初のうちは書いて書いて書きまくるといったイメージです(正直、疲れます)。

漢字であれば中国語圏の生徒には意味を推理しやすいという理由からですがこれも注意が必要で、日本人の使う漢字の意味と中国人の使う漢字の意味は微妙に異なる、また完全に別の意味という場合があります。中国語の知識がない場合は、間違ったことを伝えてしまう可能性もあります。

またクラスに、英語も漢字も不十分な国の学生が要る場合は不公平感は残ります。

それでも英語は最低でもできた方がよい理由

日本語教師が英語が話せないという違和感

日本の技術や社会システム、世界的にも認められているユニークな文化に興味を持って来日してきた外国人にとって、日本語教師は外国と日本をつなぐ立場にあるととらえます。その日本語教師が、ボランティアならまだしも、仕事として日本語教師をしているのに、英語が使えないというのは違和感を感じられてしまう場合があるかもしれません。

特にアジアの生徒たちには、先生=尊敬すべき人という考え方がありますから、世界共通語である英語ができない先生は自国の他教科の先生となんら変わらないわけですから、異国で出会う先生として特別尊敬することが難しくなります。そういった負の思いは授業をしていく上でマイナスです。

生徒の問題やしんどさを理解でき、対策を立てられる

英語を勉強した当時、日本語とはちがう言葉への捉え方に悩んだことが何度もありました。自分なりにルール化し理解したつもりの文法で例外がでてきたとき、それが理解不十分なために出てきた例外なのか、こういうものだと理解するしかないものなのか、その判断に迷いました。またいくら覚えても足りない語彙の量。その道のりの遠さに落胆したことも何度もありました。

こういった自分の経験があってこそ、日本語教師として日本語をわかりやすく教えようという努力ができますし、日本語がいつまでも上達しないで焦る生徒の気持ちを理解し、励ますこともできます。逆に努力が足りない生徒に対し、これだけは嫌でも何でもしなくてはならないと言い切ることができます。

採用についての英語の必要性は?

海外での採用条件で英語が必要とされる場合、どれくらいのレベルを求められるのか拾ってみると以下の一文で終わることが多いですね。

「日常会話ができること。会議で英語を使う必要があるため」(インド、オーストラリア)

しかし、アジアの国では採用基準に英語が含まれていない場合が数多くあります。これはアジアの国々も日本と似ており皆が英語に長けているわけではなく、間接法として英語を使う必要がないという理由からです。

またアジアの国々とは距離的にも文化的にも近いので日本との交流の歴史は長く、日本語のレベルや浸透具合も総じて高めです。日本人には上級を担当することを期待され、そのときは直接法を用いるので英語は不要です。初級程度の日本語を使える人材は現地で十分に確保できるというわけですね。

まとめ

最初に書いたように、英語ができないと日本語教師になれないわけではありませんが、日本語だけできればいいのかというとそれもまた違うということを少し理解していただけたでしょうか。

今、日本で日本語を勉強する中国語圏の学生は非常に増えています。その結果、中国語ができると授業がやりやすくなる場合もあります。語彙説明を簡単にできますし、生徒からもより近くに感じてもらえますから。ただデメリットとして生徒側から中国語での説明を求められることが増えますし、直接法でという学校全体の方針とずれることもありえます。

英語だけでなくそれ以上の言語に精通しているということは、言語そのものに対するセンスが磨かれ、それぞれの言語の違いに対して敏感になります。その深い洞察のもとに説明ができますから、よりわかりやすい授業ができる可能性は高いでしょう。

この記事の筆者
東京中央日本語学院(TCJ)
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