日本語教育の基本! 「イ形容詞」と「ナ形容詞」はどう違う?
概要
「富士山がキレクテ感動しました。」 日本語教師ならば、この発話のおかしな理由をすぐに説明してくれることでしょう。この記事では、日本語教育の基本中の基本ともいえる「イ形容詞」と「ナ形容詞」の違いについて説明します。
「イ形容詞」と「ナ形容詞」って?
形容詞とは、人や物の性質や状態を表す品詞のことです。「青い空」のように名詞を修飾したり、「空が青い」のように述語となったりします。
日本語の形容詞の特徴は「イ形容詞」と「ナ形容詞」という2つのタイプの形容詞があることです。
「イ形容詞」と「ナ形容詞」の名称は、これが名詞を修飾するときの形(連体形)に由来しています。つまり、イ形容詞では、連体形が「い」で終わるのたいして、ナ形容詞は「な」です。
イ形容詞 白い花 強い体 うるさい音楽
ナ形容詞 きれいな花 無駄な筋肉 元気な演奏
この記事では、日本語教育の基本である、この「イ形容詞とナ形容詞」について解説します。
イ形容詞とは
イ形容詞とは、連体形が「い」で終わる形容詞です。具体例としては「高い」「低い」「軽い」「重い」「強い」「弱い」などがあります。例でもわかるように対になるものが多くあります。また、「赤い」「白い」「黒い」「臭い」「痛い」など、視覚や感覚を直接的に表すものが多いのも特徴です。
イ形容詞の活用を見ると、「赤い車」「空が赤い」のように辞書形(終止形)と連体形が同形になっています。ほかにおもな活用形をあげると「赤く(連用形)」「赤ければ(仮定形)」「赤くて(テ形)」「赤かった(タ形)」などがあります。ついでに、否定の「ない」がイ形容詞型の活用をするのも面白いところです。
もうひとつイ形容詞で面白いのは、イを除いた語幹に促音を追加して直感的な驚きを表す用法です。近年広がっているこの用法は、イ落ち構文とも呼ばれ、具体例としては「さむっ(寒い)」「つよっ(強い)」「くさっ(臭い)」などが挙げられます。「味こっ(味が濃い)」という人がいるのには驚きましたが、「ない」を「なっ」という人はあまりいないようです(ただし「しょーもなっ」などはあります)。
ナ形容詞とは
連体形が「な」で終わるのがナ形容詞の特徴です。イ形容詞に和語(日本語固有の語)が多いのに対して、ナ形容詞は漢語由来のものが多く見られます。「元気な人」「親切な言葉」「愉快な時間」などです。また、イ形容詞に比べて、ナ形容詞は外来語(借用語)に由来するものも多くあります。「ヘルシーな食卓」「ユニークな取り組み」「ハイスペックな相手」などです。ナ形容詞はこのように新たな語を生み出すのに適しており、「生産的」であると言われます。
このような生産性は、ナ形容詞の由来に関係があります。日本語が中国語から多くの漢語を受け入れていく過程で、従来の形容詞を補うために発達したのがこのナ形容詞だからです。
ナ形容詞のおもな活用は「元気だ(終止形)」「元気に(連用形)」「元気ならば(仮定形)」「元気で(テ形)」「元気だった(タ形)」となります。
ナ形容詞は名詞と関係の深い品詞です。まず、ナ形容詞の語幹(ナを取り除いた部分)は、単独で名詞として使われることがあります。「無駄な時間」にたいして「時間の無駄」、「元気な人」にたいして「溢れる元気」が例としてあげられます。もっとも、「無駄の時間」「元気の人」とはならないので、ナ形容詞の語幹と名詞は、同じものとは言えないようです。
ですが、ナ形容詞の語幹なのか、名詞なのか区別しにくい例もあります。「同様のケース・同様なケース」「不揃いの食器・不揃いな食器」などのようにそのどちらも取りうる例もあるからです。このように2つの形式が共存する場合を「揺れ」と言います。
いっぽう、単なる揺れではなく、ナ形容詞の語幹と名詞の意味が異なる場合もあります(*は誤用を示すマークです)。
「グレーな仕事(*グレーの仕事)」対「グレーの車(*グレーな車)」
つまり、違法スレスレの仕事を表すときはナ形容詞、色を表すときは名詞ということになります。なお、「この車はグレーだ」のように述語になると「レースの規定違反スレスレの車」とも「灰色の車」とも解釈できます。
ナ形容詞と形容動詞
ところで日本の学校文法で使われている「形容動詞」とはこの「ナ形容詞」のことです。語を品詞に分けることを品詞分類と言いますが、「形容動詞」は品詞のひとつです。つまりイ形容詞に対応する「形容詞」と「形容動詞」とは別の品詞ということになります。いっぽう、「ナ形容詞」とすると、イ形容詞とナ形容詞はともに形容詞というひとつの品詞を構成することになります。
そもそもこの「ナ形容詞・形容動詞」をどう位置づけるかはかねてから議論の対象となってきました。形容詞のひとつなのか、それとも形容詞とは別の品詞なのか……そればかりではありません。「ナ形容詞・形容動詞」を名詞に結びつける見解も提出されています。前節で見たナ形容詞と名詞の深い関係からも納得できる考え方です。
なお「形容動詞」という名称ですが、動詞らしさもないのになぜ動詞なのかというと、古典文法では動詞と同じ活用に分類できたからだそうです。
形容詞の分類
イ形容詞・ナ形容詞は形態の点からの分類ですが、形容詞はまた、意味の点から、感情形容詞と属性形容詞との2つに分類することができます。
感情形容詞
感情形容詞は主観性形容詞とも呼ばれ、主語の感情や感覚を表します。1人称にしか用いることができません。このように使用できる人称が決まっていることを、人称制限がある、といいます。
感情形容詞の例
イ形容詞 痛い、うれしい、かなしい、
ナ形容詞 心配だ、不安だ、楽だ
人称制限
1人称 合格して私はうれしい
2人称 *合格してあなたはうれしい(合格してあなたはうれしそうだ)
3人称 *合格して彼はうれしい(合格して彼はうれしがっている)
属性形容詞
属性形容詞は客観性形容詞とも呼ばれ、事物の性質や状態を表します。
属性形容詞の例
イ形容詞 長い、短い、深い、浅い
ナ形容詞 便利だ、高級だ、健やかだ
日本語教育と形容詞
さて、イ形容詞・ナ形容詞の区別は、日本語学習者が苦労するポイントです。とくにナ形容詞「きれい」をイ形容詞と混同してしまう誤用は非常によく見られます。次の誤用は、「きれい」をイ形容詞のように活用してしまった例です。
「富士山がキレクテ感動しました。」(正しくは「富士山がきれいで感動しました」)
逆にイ形容詞をナ形容詞と間違えてしまった例が「この本は面白いだからすきです(面白いから)」や「この映画は面白いじゃない(面白くない)」。これもよく聞く誤用です。
イ形容詞・ナ形容詞の混同は非常にありふれているため、日本語教育能力検定試験にそのまま出ることは少ないようです。ただし、ナ形容詞と名詞の混同(「映画は好きけど、あまり見る時間がない」)、ナ形容詞の「気軽だ」をイ形容詞のように「気軽い」とする誤用など、イ形容詞・ナ形容詞の違いがわかっていないと解けない問題は必ず出題されています。
ところで、「違くて(違って)」「違かった(違った)」というのは動詞である「違う」をイ形容詞のように活用させたものです。標準的な日本語からいうと誤用ですが、もはや正用だと思っている人がいるくらい広まっていますね。
まとめ
この記事では、日本語教育の基本であるイ形容詞・ナ形容詞についてできるだけわかりやすくまとめまてみました。もし「わかりやすいじゃなかったら」、それは筆者の責任ですね。
参考文献
加藤重広「日本語の品詞体系の通言語的課題」(アジア・アフリカの言語と言語学 3, 5-28, 2008)
亀井孝他編『言語学大辞典第6巻 術語編』(三省堂、1996)
東京中央日本語学院 日本語教師養成講座教材チーム『日本語講師養成講座 日本語教師のための理論 文法』(東京中央日本語学院、2019)
森山卓郎他編『明解日本語学辞典』(三省堂、2020)
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