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アコモデーションとは?

目次

概要

この記事では、日本語教育でよく使われる「アコモデーション(話し方の調整の仕方)」の理論や考え方、現場への応用について、現役の日本語教師が解説します。日本語教育を目指す方もそうでない方も、外国人と話す際の参考になる理論ですので、ぜひご一読ください。

アコモデーションとは

突然ですが、皆さんは赤ちゃんに話しかけるとき、どんな話し方をするでしょうか?

1)「熱いのでやけどに注意してお召し上がりください」

2)「熱いからフーフーして食べようね」

 

おそらく多くの方は2と答えると思います。1は接客の場面や食品の注意書きなどに使われる文体ですね。

私たちは、いつ誰に対しても同じ話し方をしているわけではありません。相手や場面に合わせて話し方を調整しています。これを「アコモデーション」といいます。

元になっているのは宿泊施設等の意味でよく用いられる英単語のaccomodationですが、動詞のaccommodateには「調整する、合わせる」といった意味もあります。

アコモデーション理論」は、人々が相手によって話し方を調整する現象を説明するためにジャイルズらが提唱したものです。この理論では、人々が他者との会話場面でどのように話し方を調整するかを3つの方法に分類しています。

1)収束 相手との距離を縮めるために行うもの。

例:

・普段東京で生活して東京アクセントで話している人が、同郷の友人と会った際には方言で話す

・普段「俺」と言っている男子学生が、先生の前では「僕」や「私」を使う

・大人が子どもと話すときに丁寧体ではなく普通体を使って話しかける

・赤ちゃんに赤ちゃん言葉で話しかける(ベビートーク)など

 

2)分岐 相手との距離を離すために行うもの。

特定の話し方をすることで自分の属性・アイデンティティを主張するもの。

例:

・普段は東京アクセントで話している人が、(東京の友人に対して)地元の話をするときだけ、地元の方言で話す。

→その地方の出身であるという印象を与える。

・怒っているときなどにあえて敬語で話す

→あえて敬語にすることで相手との距離を強調し、より怒っているという気持ちを伝える

 

3)維持 特に相手に合わせて変化させることはせず、自分のそれまでの話し方を維持するもの。

私たちは相手によってどのように話し方を変えるか、あるいは変えないかを意識的・無意識的に判断しながらコミュニケーションをしているのです。

レジスターの種類

レジスターは日本語で「言語使用域」とも言われ、家庭や職場など、状況や場面によって変わる話し方のことを指します。

私たちは、職場、学校、家庭、趣味の集まりなど、色々な社会的な側面を持っています。一人の人でも、職場と家庭での話し方は異なっているはずです。それぞれの社会的場面に応じて、そこにふさわしい話し方(レジスター)を使っているといえます。

この考え方は「位相語」とも似ていますが、位相語が特定の社会的属性や役割意識(職業、年齢、性差など)と強いつながりを持った言葉であるのに対し、レジスターは一人の人が場面によって使い分ける「そこでのふさわしい話し方」のようなイメージです。

 

位相語の例として、女性の「~なのよ」「~だわ」、男性の「~だぞ」、地方の話し方のイメージとして使われる「おら東京さ行くだ」のような話し方、博士やおじいさんの「わしは~じゃからのう」のような話し方などが挙げられます。

レジスターは個人の好みというよりも特定の場面で一般的に使われる言い方(アルク2012, p60)で、ニュースキャスターがニュースを読む時の話し方や、レストランの接客での店員の話し方など、その場面や相手に対して適していると思われる話し方がその例です。

他にも、赤ちゃんに対して「車」→「ブーブー」、「足」→「あんよ」、「犬がいる」→「あそこにワンワンがいるよ」などと言うのもレジスターの一種で、これらはベビートークとも言います。

 

高度なアコモデーション

上記以外にも、色々なアコモデーションがあります。

1)スピーチレベルシフト

これは、一人の人が会話中に文体を変えることを言います。例えば、

「え、箱根に行かれたんですかいいなあ!温泉ですか?・・へえ、お詳しいんですねえ、よくご存じなんですか?」といった具合です。これは丁寧体と普通体が混ざっていますが、ある程度の親しさと丁寧さが混在したような話し方になります。

 

2)コードスイッチング

バイリンガルの人が複数の言語を使い分けることをコードスイッチングと言います。主に、話している途中で一部分だけ別の言語になる現象を指します。「この前キャンプ行ったんだけどさ、the accommodation (=宿泊施設), が めっちゃよくて・・・」というように、一つの言語で表現できないものや言いにくいものを別の言語で言うような場合です。

 

3)コードミキシング

コードスイッチングと同じような意味で使われます。相手や話題など何らかの基準をもって言語を切り替えるのがコードスイッチング、乱雑に混ぜて使うのがコードミキシングという説や、コードスイッチングよりも細かい単位で行われる切り替え(接頭辞や接尾辞のみ、単語だけなど)をコードミキシングと呼ぶなど、研究者によっても定義が異なるようです。

コードスイッチングやコードミキシングをを普段あまり聞かないと言う方でも、邦楽などで歌詞の一部だけが英語になっているのを聞いたことがあるのではないでしょうか。それも、二言語を交差して使用している例と言えます。

ティーチャートークとフォーリナートークの違いとは

これらのアコモデーションは、日本語教育ではどのように使われるのでしょうか。
代表的なものが、「フォーリナートーク」「ティーチャートーク」です。

 

フォーリナートークは、母語話者が非母語話者に対して話す話し方のことです。

・大きい声で、ゆっくりはっきり話す

・複雑な構文や難しい言葉を使わない

・大切なところを繰り返す

などの特徴があります。近年は在日外国人が増え、別の記事でも紹介しました「やさしい日本語」が注目を集めています。これは日本語のフォーリナートークの代表的なものです。

 

また日本語教育の現場では、教師が学習者のレベルや能力に合わせて話し方を調整します。

・学習者が習った文法や語彙のみを使って説明する

・助詞や主語を省略しない

・接続表現を使わずに短文を並べて話す

などの特徴がありますが、これを特に「ティーチャートーク」と言います。

一般的な母語話者の話し方からすると不自然に聞こえることもありますが、学習者が負担なく授業を理解できるように、このような調整をしています。

日本語教師は常にティーチャートークを使うべき?

ティーチャートークは学生が理解できることを優先にした話し方のため、教師がティーチャートークをすることで学習者は授業を理解しやすくなります。それによって授業についていけるという安心感を生み、先生への信頼につながるという利点があります。

しかしティーチャートークに慣れすぎてしまうと、教室の外に出たとたん教師以外の日本人が何を言っているか分からないというようなことも起こり得ます。また、ある程度日本語ができる上級者では、初級者向けのような話し方をされるとかえって不快に感じることもあります。

学習者が徐々に自然な言い方が理解できるよう、教師も学習者のレベル・目的に応じてティーチャートークを調整していく必要があります。授業の大切なところでは簡潔・明瞭な表現を心掛け、授業外の雑談などでは自然な話し方も混ぜてみる。学習者のレベルが上がってきたら、徐々に文を長くしたり語彙のレベルや話すスピードを上げたりするなど、工夫してみましょう。

また、同じレベルの学習者でも、教室以外で日本語を聞く機会がほとんどない人もいれば、家族や友人と頻繁に日本語を使っている人もいます。生活環境によっても教師が話していることの理解度が違うため、そうした点も考慮できるといいですね。

まとめ

いかがでしたでしょうか。ここまで色々なアコモデーションの種類について、また日本語教師に求められる話し方の調整のスキルについて触れてきました。
フォーリナートーク・ティーチャートークに関しては、やさしい日本語に関する記事や書籍が参考になります。ぜひそれらにも触れ、外国人や学習者とのコミュニケーションで実践してみてください。

 

参考・引用

栗林克匡(2010)、『社会心理学におけるコミュニケーション・アコモデーション理論の応用』、北星論集(社)第47号

藤村香予(2013)、『二言語話者の談話における「コードスイッチング」・「コードミキシング」の必要性―英国に住む日本人の場合―』安田女子大学紀要41p23-32

貝森有祐(2016)、『レジスターから見る語彙・構文の選択と英語教育への含意―レシピに注目して―』「Encounters : 獨協大学外国語学部交流文化学科紀要」4, 65-82

鄭一葦(2018)、『ジャンル・アプローチを用いた作文指導―選択体系機能言語学学派に着目して―』全国大学国語教育学会国語科教育研究:大会研究発表要旨集 134,p197-200

岩田一成、大関浩美、篠崎大司、世良時子、本田弘之著「日本語教育能力検定試験に合格するための用語集」、株式会社アルク,2012

ヒューマンアカデミー著「日本語教育教科書 日本語教育能力検定試験 50音順用語集」翔泳社,2013

この記事の筆者
TCJ・コラム執筆者写真
TCJ日本語講座 非常勤講師
大野 綾香
大学で日本語教育を学んだのち、日本語教育能力試験に合格。日本語学校で留学生の大学受験指導・プライベートレッスン、教材出版等を経験後、2023年よりTCJにて留学コース・ビジネスパーソンのプライベートレッスンを担当。好きな分野は地域日本語教育、音声学。

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