初級と上級での押さえるべきポイントの違い
先生どうしの会話で「私には上級なんてまだまだとても…」といった声が聞こえることがあります。
「上級は難しいから経験の少ない私にはまだ無理」という意味なのでしょうが、本当にそうだろうか?と常々考えていました。初級にも初級の難しさがあるはずです。
初級を実際に受け持った経験から上級と比較し、押さえるべきポイントの違いについてお伝えします。
科目別の違い
上級と初級に分けて、それぞれの読解、文法、聴解、記述について、授業準備の面を含めて簡単に比較してみます。
読解
上級の読解は、指示語について、接続詞について、読解問題での答えを探す箇所についてが、簡単にはわかりにくくなっています。
指示語の答えがすぐ近くにない、接続詞を考えるヒントとなる文章が長くなっている、答えのもととなる文章が問題の文とは離れたところにある、などの理由があるからです。
もし勘違いする学生が多ければ、文章のどの部分がキーになっているのかを伝えなければいけません。感覚的なことではなく、なぜそこではない別の箇所なのかを。
文章全体が長いだけに学生の勘違いも幅広く、一度思い込んだことは変えにくいですから、それを解きほぐすのはときに難しいことです。
一方、初級であれば文章自体が短く、また文と文との関係もわかりやすくなっています。
指示語の内容を示す箇所も、すぐ前後にあることがほとんどです。学生も間違うことはほとんどありません。
ここで注意しなればいけないのはその答え方です。学校ごとの採点基準に沿って何度も何度も教えます。
たとえば「“それは”の“それ”は何ですか?」といった問題の場合。
“それ”が指す内容や単語をただ書けば十分なのか、「~のことです」といったように文にする必要があるのかを、はっきりと伝えます。
初級でよしとしていても、中級、上級で減点対象になることもあるので、基準は初級から統一していきます。
文法
上級の場合は、既習の文法事項が多くなっていますから学生の中でも使い分けを知りたいという思いが出てきます。
例を挙げれば「気味」と「がち」、「~であれ、~であれ」と「~やら、~やら」などです。
相手は外国人なのですから、言葉を重ねるより例文を出して教えるのが一番です。
その例文を参考書から探したり、自分なりにアレンジしたりするのに時間がかかります。
初級の場合は文法事項もまだまだ難しくありません。間違えれば簡単にわかります。
それを徹底して練習する、慣れるまで言わせることが重要です。この練習の仕方は、初級ならではの肝でしょう。
日本語はまだ不十分な学生たちなので、受け身的に聞いているのにも限界があります。実際のものを使う、体を動かすなどの工夫が必要になります。
たとえば「これ・それ・あれ」教えるとき、特に「それ」では、実際に学生を教室内に配置して練習するとおもしろく、また理解もきちんとされるのでよい方法です。
しかし、距離で使い分ける場合と、「あなた」という存在を軸に考える場合とがあるので、そのあたりを曖昧にならないよう教えることが必要です。
練習の前には、練習に使う語彙を皆が理解しているかどうかも注意すべきことです。
練習の仕方そのものもわかりやすいか、皆が均等に練習できるかなど事前にイメージしておく必要がありますね。
聴解
上級の聴解指導はまず聞き取る内容が長くなっているので、教師もぼーっとしてはいられません。
スクリプトを見ればもちろん一目瞭然ですが、教師だけスクリプトも解答も先に見ているというのは、あからさまにできないように思うのです。
中には出てくる語彙が難しいときもあります。自分が知識不十分な分野だった場合、語彙としては知っていても漢字で書くのは100%自信がないということがなきにしもあらずです。
きちんと予習しておく必要があります。
初級の聴解はまだまだ簡単です。「誰が・どこで・何をしたのか」といった基本事項がわかりやすい文章です。
それだけに学生の正解率が高いので、ときにはオリジナル問題も用意するとよいでしょう。
記述
上級の記述の添削は非常に時間がかかります。すでにクセづいてしまっている間違いの書き方を直していくのは骨が折れます。
学生によっては素晴らしい意見、読み甲斐のある文章を書いてくるおもしろさはあるのですが、勢いのまま論点がずれていくことも多々あります。
与えられた課題に沿っているか、レベルに合った文法事項が使い切れているか。
起承転結がうまく書かれているように見える作文でも、いろいろな観点から見ていかなくてはいけません。
また難しい表現に挑戦しているがゆえに間違いの多い学生と、無難な意見や表現におさめただけの文章を書いてくる学生とでは、後者のほうが良い評価になりがちです。
それについていかがなものかという議論は、先生方の間で毎回起こることです。
初級は初級で非常に難しい点もあります。
中級、上級と上がっていくことを考え、どこまでをよしとし、どこを統一させるのかを各クラスできちんと合わせておかなければいけません。
日本語がつたないゆえに、何を書いているのか、何のことを言いたいのかがわからないこともあります。ときには指示さえも伝わっていなかったということがあり得ます。
たとえば例文を参考に資料を見ながら書くという指示が伝わっておらず、資料を見ながらではなく想像で書いている場合などです。
書いている間も机間巡回をきちんと行ない、チェックしておくことが大切です。
科目に関係なく大切な視点
準備という点から考えると上級(中でも文法)は、自分が感覚的に使っている言葉について、常に自分に問うことになります。どうしてそれを使い、他の言い方はしないのか。その理由をわかりやすく説明するための例文を挙げる必要もあります。それでも、最終的には「その言い方はしないですね」とするしかないこともあります。
精神的葛藤や逡巡が起こりやすいという意味でも、準備という点でも、上級はやはり大変です。力不足を常に突き付けられるようでもあります。
それでも上級に進級するまでの学生の努力を思うと、教師として受けて立つしかありませんね。
初級は、繰り返し練習することや、テキストを見ながら学ばせることだけが必要なのではありません。
顔をあげ、自分で考えて口にできるようにすること、これが大事だろうと思います。
日本語を単語だけでなく文章として頭に叩き込むインプット、それを実践するアウトプットを、練習教室で何度でも繰り返すということです。
コミュニケーションの手段として日本語が使えないことには、日本での生活もままならないと実感している学生だからこそ、一生懸命ついてきてくれます。
教師側もリズムよく指示を出し、ときに笑いも交えながら繰り返し行なっていくバリエーションを身につける必要があります。
楽しくやりがいのあることですが、臨機応変さを求められ、大きな声も出しますから、終わった後はエネルギーを出しきった感覚があります。
まとめ
学生と話し合いながら授業を進められる楽しさ、討論の授業などで学生自身の考えを知る面白さが味わえる上級。
日々成長していく様子を実感できる初級。
教師にとってはどちらのレベルにもそれぞれの刺激があります。
特にスタートである初級は、楽しくそして日々自分の日本語力が伸びていると実感できる授業をしていくことに心砕きたいものです。
また真面目な学習態度であることを厳しく要求し続けることも初級には重要です。「鉄は熱いうちに打て」ですね。
インプット仮説(i+1)を改めて考えてみよう
今回は、インプット仮説(i+1)を改めて考えてみようと思います。まず、インプット仮説(i+1)が何かについて解説し、問題点について説明していきます。さらに、実際の授業でやっている例を紹介します。その後、i+1やインプット仮説というワードが日本語教育能力検定試験に出るかということについても述べていきます。