多国籍クラスの授業で注意すべき話題は何?
概要
日本語学校の教室によくある、多国籍クラスでは、教師の何気ない会話テーマが意図せずに学習者を傷つけてしまうことがあるかもしれません。授業で扱う際に気をつけたい話題と、文化の違いが表面化したときの教師の対応を、「エスノセントリズム」「エポケー」「アサーティブ・コミュニケーション」といった視点からご紹介します。
日本語学校にはどんな国籍の学生がいる?
日本語学校のクラスには、大きく分けて二つのタイプがあります。一つは、同じ国の出身者だけで構成されるクラスです。企業研修や、特定の国との協定に基づくコースなどでは、一国籍の学習者だけが集まることもあります。もう一つは、さまざまな国の学習者がともに学ぶ多国籍クラスです。日本語学校をイメージすると、色々な国籍のクラスを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
近年は中国や韓国に加え、ベトナム、ネパール、ミャンマー、インドネシア、スリランカなど、学習者の出身国は年々広がっています。一つの教室に複数の国・地域の出身者が机を並べることも珍しくありません(文化庁「令和5年度 日本語教育実態調査」)。 実際に私が教えていたクラスもベトナム、中国、フランス、ネパール国籍の学習者が在籍していました。
このように、いろいろな背景を持つ学習者は「日本語を学ぶ」という共通の目標を持ちながらも、それぞれ異なる文化や価値観を背負って教室にやってきます。この多様性こそが、多国籍クラスの面白さであり、同時に教師の配慮が必要なところでもあります。
国によってどんな違いがある?
国が違えば、生活習慣も食文化も価値観も変わります。たとえば生活習慣では、あいさつの仕方、人との距離の取り方、時間に対する感覚などが国によって異なります。食文化の違いはさらに顕著です。イスラム教徒(ムスリム)の学習者は、宗教上の理由で豚肉やアルコールを口にしません。ヒンドゥー教徒の学習者は牛肉を避けることがあり、肉全般を食べないベジタリアンの学習者もいます。
価値観の面でも、家族や結婚に対する考え方、男女の役割、年長者との接し方、宗教の位置づけなどはさまざまです。
ただし、ここで大切なのは、これらはあくまで「傾向」であって、「〇〇人だから必ずこうだ」と決めつけないことです。同じ国の出身でも、一人ひとり考え方は違います。国籍でひとくくりにしてしまうと、それ自体がステレオタイプ(固定観念)になってしまいます。「違いがあるかもしれない」という心構えはしつつ、目の前の学習者を「個人」として見る姿勢を忘れないようにしましょう。
多国籍クラスの授業で注意すべき話題は何?
ペア練習やロールプレイでは、教師が会話のテーマを提示します。このとき、扱う話題によっては、特定の学習者を居心地の悪い立場に追い込んでしまうことがあります。
とくに注意したいのは、宗教、政治、国と国の歴史や領土に関わる話題です。これらは学習者同士の対立を生みやすく、教室の雰囲気を一気に緊張させてしまうことがあります。例えば、初級で扱えそうな食べ物の語彙を使用して「昨日、肉を食べましたか」といった質問を出してしまった場合、宗教上食の制約がある学習者は肩身の狭い思いをしてしまうかもしれません。
このほか、家族構成、恋愛や結婚、収入やお金、体型や容姿なども、人によってはデリケートな話題です。多様性が重視される現代では、「家族といえば父・母・子ども」といった前提そのものが、誰かを取り残してしまう可能性があります。
ただ学習者自らの経験を語ってもらうことで、クラス全体に異文化を共有できる貴重な機会にもなります。大切なのは、「この話題で傷つく人はいないだろうか」と一呼吸おいて考え、学習者が答えたくなければ、パスできる余白を用意しておくことです。また、授業準備においても、その質問で傷つけてしまうことはないか、シミュレーションをすると良いでしょう。
文化の違いが話題になった時に教師はどう対応したらいい?
授業中に文化の違いが表面化し、時には対立を生むこともあります。そんなとき、教師の対応の質が問われます。鍵になるのは、三つの考え方です。
一つ目は、「エスノセントリズム(自文化中心主義)」を自覚することです。宮野(2000)によれば、これは自分が属する文化の価値観をもっぱら基準にして他の文化を判断してしまう態度であり、異文化理解とは、自分の枠組みを一方的に押しつける「独話」ではなく、相手をその他者性において認める「対話」でなければなりません。だからこそ教師はまず、「日本のやり方が正しい」と無意識に考えていないか、自分自身の物差しを疑ってみる必要があります。
二つ目は、「エポケー(判断保留)」です。もともとは哲学の言葉で、自分の信念や「当たり前」と思っていることをいったんカッコに入れ、なぜそれが当たり前とされてきたのかを問い直す姿勢を指します(有田 2008)。文化の違いに出会ったとき、すぐに「正しい・間違っている」と決めつけず、判断を保留する。この一呼吸が、相手との対話に踏み出す入り口になります。
三つ目は、「アサーティブ・コミュニケーション」です。これは、相手を尊重しながら、自分の考えや気持ちも率直に伝える方法で、「誠実・率直・対等・自己責任」を土台とします(アサーティブジャパン)。ここで大切なのは、ただ黙って受け入れることが尊重ではない、という点です。一方的に我慢して寛容にふるまうだけでは、かえって本当の相互理解から遠ざかってしまう、という指摘もあります(佐生 2000)。だからこそ、判断を保留しつつも、自分の感じ方は率直に伝え、互いに歩み寄る。こうした伝え方は、教師も学習者も同じように身につけていくものです。教師が一緒に実践することで、教室全体に率直に伝え合う雰囲気が育っていくでしょう。
一度、外国人の視点で日本を見てみよう!
日本人が「当たり前」と思っていることは、世界では当たり前ではありません。
家の中で靴を脱ぐこと、音を立てて麺をすすること、電車が時間どおりに来ること、車内で静かにすること、お風呂に毎日つかること、チップの習慣がないことなど、こうしたことに驚く外国人は少なくありません。
自分にとって当然のことが、他の人にとっては当然ではない。この事実に気づくと、自分の文化を一歩引いて眺められるようになるでしょう。教師が一度、外国人の視点で日本を見てみると、学習者の戸惑いや違和感にも共感しやすくなるはずです。「日本特有の文化や価値観とは何か」を考えてみることは、多国籍クラスを担当する教師にとって、とても良い準備運動になります。
まとめ
多国籍クラスは、さまざまな文化が出会う豊かな学びの場です。だからこそ、教師には配慮が求められます。宗教や政治などデリケートな話題には気を配り、文化の違いに出会ったらエポケーで判断を保留し、エスノセントリズムに陥っていないか自分を振り返る。そして、アサーティブなコミュニケーションで、互いを尊重し合える雰囲気をつくる。こうした姿勢があれば、教師と学習者の関係だけでなく、学習者間でも、教室は違いを認め合える安心な場所になるでしょう。日本語教師は、多様性を「学びの資源」として活かしていきたいですね。
引用
有田佳代子(2008)「構成主義と日本語教育」『敬和学園大学研究紀要』第17号.pp.267-282.
佐生武彦(2000)「『文化相対主義』再考―異文化コミュニケーション教育に関する一考察―」『中国短期大学紀要』第31号.pp.237-243.
宮野安治(2000)「地球市民への教育」『現代教育の争点』.八千代出版.pp.191-205.
特定非営利活動法人 アサーティブジャパン「はじめに」https://www.assertive.org/intro/
文部科学省(2024)「日本語教育実態調査 令和5年度報告 国内の日本語教育の概要」https://www.mext.go.jp/content/20241101-mxt_chousa01-000038170_02.pdf
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