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ディクテーションとディクトグロスで日本語学習が変わる!

目次

はじめに

この記事では、日本語教育の基本の活動のひとつであるディクテーション(書き取り)と、その発展形であるディクトグロスについて取り上げます。

ディクテーションについては、岩崎先生も同じテーマで Youtube でお話されています。気になったかたは動画もぜひチェックを!

 

また、ディクテーションとも関連のあるシャドーイングについては、勝先生がコラムを書かれています。ぜひご一読ください!

ディクテーションって?

ディクテーションとは「教師が読み上げた文を、学習者が書き取る」という活動です。伝統的な教育法のひとつで、英語教育でも古くから取り入れられていますから、体験したことのあるかたも多いかもしれません。

このディクテーション、聞いたものをただ文字化する、というだけの単純な活動のようですが、じつは、けっこう複雑です。以下のような5つの高度な言語能力が必要とされるのです。

①音声を聞き取る能力

音声を聞き取るのは簡単なようですが、実際に口から出る音は文字とは異なるので、そのまま書き写すわけにはいきません。日本語の場合、学習者が聞き取りにくい音としては、撥音、促音、長音などの特殊音素無声化した母音などが挙げられるでしょう。また、イントネーションやアクセントなどプロソディーは表記はされませんが、文意を理解するためには不可欠な情報です。

②語彙力

音声が聞き取れても、それが語と結びつかなければ、なにを言っているのかわかりません。そのためには語彙力も大事です。

③記憶力

ディクテーションは聞き取った情報を頭の中に保持しつつ次々と文字化していく活動ですから、当然のことながら、ワーキングメモリ(作業記憶)などの記憶力も重要です。

長い文や複雑な文、あるいは学習者のレベルに合っていない文でディクテーションを行うと、記憶の負担が大きいため、十分な学習効果が得られないこともあるとのことです(邵雲彩・松見法男 2023)。

④文法的能力

聞き取ることのできた複数の語を文や句として構築できてはじめて、書き取りが可能になります。そのために必要なのは、文法的知識文脈に関する情報を使いこなす文法的能力です。

なお、ディクテーションには大きく分けて、次の2種類のものがあるとのことです(宮城幸枝 2014)。

直後逐語ディクテーション:「文節など短い一部分を空欄にして直後にポーズを置いて書かせる」もの
記憶再生ディクテーション:「やや長いフレーズや文を聞かせた後で、全体を書かせる」もの

「記憶再生ディクテーション」のほうがより高度な文法的能力が必要ですね。

⑤文字化する力

最後に大事なのは、日本語の正書法にのっとって書く能力です。撥音、促音、長音の表記上の間違いはよくありますが、これには聞き取りの問題も関わっています。純粋に正書法上の間違いとしては、とくに中国人学習者にみられる「中国の漢字を使ってしまう」というものです。あと、文末に「。」を忘れるなんていうのもありますね。

ディクテーションを活用しよう!

前節で見たように、ディクテーションは言語能力のさまざまな側面に関わっています。ですので、ディクテーションを通じて学習者はさまざまな能力を伸ばすことができると言っていいでしょう。

ディクテーションの実施法についてはいろいろあるかと思いますが、その日のテキストや課題から素材となる文をいくつかピックアップしたものを、教師が朗読して、学習者が書き取りを行い、その後、答え合わせをするというのが、一般的なのではないでしょうか。

これを基本パターンとしながら、素材となる文の選択や答え合わせの方法などに学習者の参加を促すことで、協同学習的な要素を取り入れることもできます。また、学習者自身が朗読を担当すれば、発音への気づきが生まれるかもしれません。

ディクテーションは、継続的に行うことが効果的だとされています(上田恒雄 2019)。ですので、授業の始めや終わりなどで毎回実施するなど、しばしばルーティーン化されています。

また、必要な音声を再生することができれば、ひとりでも取り組むことができるのが、ディクテーションという活動のよいところです。国外の学習者などを対象に、ディクテーション練習サイトを作る試みも行われています(佐藤礼子・榎原実香・小松翠・山元啓史 2022)。

ディクテーションの最終形態、ディクトグロス!

ディクテーションはどちらかというと、教師が中心となって行う活動ですが、これを学習者主体の活動に発展させたものがディクトグロス(dictogloss)です。

Ruth Wajnryb がその著書『Grammar Dictation』(1990)で提唱したディクトグロスは「伝統的なディクテーションの技術を応用した言語教授方法のひとつ」です(山本成代 2019)。具体的には以下のような手順を踏みます(調子和紀 2020)。

A)短くて、内容のある文章が普通のスピードで(2回)読まれる。
B)読まれている間に、学習者は知っている語句のメモを取る。
C)小グループで学習者は自分たちの断片的な知識を共有し、元の英文を再生する。
D)それぞれのグループが再生する英文は、文法的な正確性や結束性は求められるが原文の複製でなくてもよい。
E)学習者は再生した英文を分析・比較し、意見を交わしながら修正する。

この手順からもわかるように、ディクトグロスでは、聞き取った語句を手がかりに、学習者どうしが協力してもとの文を再生する活動です。つまり、ディクテーションとは異なり、ディクトグロスには学習者の主体性を重視するアクティブラーニング的な側面があることになります。この点が、ディクトグロスの大きな特徴です。

ですが、アクティブラーニングの実践だけならば、他にもいくつもの活動があります。ディクトグロスならではの特徴とはなんでしょうか。それは「アクティブラーニング型授業が難しいと考えられがちな文法授業を活性化する」ことができる点にあります(山本成代 2019)。

文法の授業というと、通常は教師が文法項目を説明し、学習者は受動的に聞く、という形になりがちですが、ディクトグロスでは、文を再生する過程で文法的な修正を学習者どうしが行うため、能動的な文法学習が引き起こされます。ある研究によれば、「ディクトグロスはディクテーションに比べ、文法の正確な理解に有意な効果があり、文法項目の正しい使用にも改善の傾向がみられた」ということです(尾形一樹・森千鶴 2018)。また、「レベル差のある学習者同士の活動において効果が見られ、文法の成績を上げる、刺激文で使用された表現のアウトプットを促すといった目に見える効果」もあるそうです(堀恵子 2017)。

それだけではありません。ディクトグロス活動で再生された文を検討して、どのような文法項目が使用されなかったを調べることができます。すると、学習者がどの項目を十分に習得していないかがわかるので、今後の教育に活かすことができるのです(堀恵子 2017)。

このディクトグロス、なんとも頼もしい手法ではありませんか。

まとめ

この記事では、ディクテーションディクトグロスについてまとめました。

ディクテーション(書き取り)は、さまざまな言語能力を伸ばすことのできる活動です。ディクトグロスは、文法学習とアクティブラーニングがひとつになったような手法で、非常に効果的な学習法です。まさにディクテーションの最終形態といってもいいのではないでしょうか。

じつは私はディクトグロスを実際に行ったことはないのですが、今回の記事を書くにあたり論文を読んでいるうちに、「ぜひ試してみよう!」という気持ちになりました。こんなふうに刺激をもらえるのも、日本語教育の面白いところですね。

参考文献

上田恒雄「リスニング授業でのディクテーション指導の効果」(2019、愛知学院大学文学部紀要、48: 71-80)
尾形一樹・森千鶴「ディクテーションとの比較によるディクトグロスの理解と活用の効果についての研究」(2018、日本教科教育学会誌、41(2): 65-74)
佐藤礼子・榎原実香・小松翠・山元啓史「日本語ディクテーションサイト(D4E)の開発」(2022、日本語教育方法研究会誌、28(2): 128-129)
邵雲彩・松見法男「中国人中級日本語学習者における日本語文のディクテーション時の音韻保持と意味処理一作動記憶容量と音韻的短期記憶容量を設定した実験的検討一」(2023、広島大学大学院人間社会科学研究科紀要「教育学研究」、4 : 237-246)
調子和紀「主体的・対話的で深い学び」につながるディクトグロス(dictogloss)の活用」(2020、ノートルダム清心女子大学紀要、44(1): 52~70)
堀恵子「ディクトグロス再生文に出現する文法項目と教師評価」(2017、筑波大学グローバルコミュニケーション教育センター日本語教育論集、32: 1-20)
宮城幸枝著、関正昭・平高史也編『日本語教育叢書つくる「聴解教材を作る」』(2014、スリーエーネットワーク)
山本成代「文法学習でのアクティブラーニングを可能にするディクトグロスの有効性」(2019、創価女子短期大学紀要、50: 41-66)

この記事の筆者
熊切先生の写真
日本語教師養成講座 非常勤講師
熊切拓
いろいろな言語に興味をもち、勉強をはじめる。日本語教師養成講座を担当したのをきっかけに日本語教育にも関わるように。日本語学校や大学で、初級から上級の指導、JLPT 対策講座、クラス担任などを経験。現在、言語学を勉強中。

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